院長:安藤弘樹
- 生年月日
- 1987/2/19
- 経歴
- 春日井市立中部中学校卒 東邦高校卒 名古屋鍼灸専門学校卒 ユニバーサルカイロプラクティックカレッジ(東京)卒
- 資格
- 鍼灸あん摩マッサージ指圧師(国家資格) 臨床分子栄養学 認定カウンセラー SORSI SOT BASIC
- 出身
- 春日井市
- 家族構成
- 妻・息子・娘
- 趣味
- キャンプ
当院のホームページをご覧いただき誠にありがとうございます。
院長の安藤 弘樹です。
当院は、私自身が学生時代ケガや心身の不調のせいで、本来の自分が分からなくなったり、やりたい事ができず悩んでいたことをきっかけに、
『患者さんが本当にやりたい事が当たり前にできるお手伝いをさせていただきたい』という思いで開院しました。
不調が発症する原因は、骨格の歪みや筋肉が固くなることによる血液循環の低下が関係しています。
一刻も早く不調から開放され健康な身体を取り戻すためには、その原因を的確に見つけ出し解消していくことが大切です。
あなたの症状を改善に導くため、当院は徹底したカウンセリングと検査で原因を特定し、お身体の状態に合った施術を提案させていただきます。
はじめてのところは色々な不安があると思いますが、当院ではお得な初回特典もご用意しておりますので、『まずはお試し』のつもりでお気軽にお越しいただければと思います。
あなたのご来院を心よりお待ちしております。
治療家を目指すきっかけ
高校時代、甲子園常連である東邦高校の硬式野球部に所属していました。
練習はとても厳しく大変な3年間でした。
もう一度やれと言われたら出来ないです(笑)
しかし、練習以上に辛かったのはケガでした。
腰痛・膝痛・足首捻挫・肩肘の痛み・手首の痛み・靭帯損傷・疲労骨折など一通り経験しました。
「なぜ自分ばかり……」
そんな事ばかり考えながら泣けてくることもありました。
心身共に弱っている時に助けて頂いたのが、トレーナーの方でした。
体はもちろん、心のケアもして頂いた事で、最後までやりきることが出来ました。
この出会いがなければ、続けられなかったかもしれません。
私も、痛みに苦しむ方の力になりたいと心から思うようになり、名古屋鍼灸専門学校に進むことを決意しました。
専門学校時代
正直、高校までは勉強をしてきませんでした。
解剖学・生理学・東洋医学など、勉強内容は多岐にわたります。
授業内容についていけない、1年間にテストが6回あったのも大変でした。
授業が終わってからも接骨院で働き、その後、週に2回ほど24時間営業のマッサージ店で朝まで働くという生活をしていました。
クラスの皆に助けてもらいながらなんとか3年間の学びを終え、無事、はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師の国家資格に合格することが出来ました。
カイロプラクティックとの出会い
21歳で国家資格取得後、鍼灸接骨院で働き始めます。
多忙な接骨院ということもあり、仕事中は休むことなくひたすらマッサージや鍼灸を行なうという戦場のような感じでした。
当時は、フラフラになりながらも充実した日々でした。
しかし、1年程働いているとある疑問が湧いてきました。
保険が使えて低価格な事もありますが、一週間に2~3回、人によっては毎日接骨院に通う方がみえます。
施術後は、「気持ちよかったよー」「痛みが減った」などと言っていただけるのですが、翌日には辛そうな顔でお越しになります。
このままでいいのかと自問自答しながら悩んでいる時に、決定的な出来事が起こりました。
同僚が、肩を痛めて仕事もまともに行えない状態だったのですが、僕を含め誰も良くすることが出来なかったのです。
何の為に資格を取ったのか……?
そんな時、月1回の接骨院勉強会に来て頂ける先生から初めてカイロプラクティックを学びました。
以前から何となくは知っていたのですが、
・痛い部分だけを施術するのではなく本当の原因を探し全体を整える
・バランスを整え、体の循環(血液・リンパ液・脳脊髄液)が100%良くなれば健康になる
・人は皆、自然治癒力を持っている
という考え方に、自分が学びたかったのはこれだと思いました。
その先生に相談すると、東京にカイロプラクティックを学ぶ学校がある事を教えて頂きました。
何の迷いもなくすぐ仕事を辞め、東京へ行きました。
東京での5年間
23歳の時、東京の池袋にあるユニバーサルカイロプラクティックカレッジに入学しました。
学校では、哲学、ミリ単位の身体の触り方、様々なテクニックを学びました。
私が学びたかった事ばかりで、毎日が新しい発見の連続でした。
それと同時に、体を触る難しさを知りました。
授業内だけでは、時間が足りず生徒何人かで居残りで練習もよくしました。
学校の卒業間近、まだまだ勉強したい気持ちが強く当時の会長にお願いしてカイロプラクティックオフィスで働かせて頂く事になりました。
会長の元、2年程働かせて頂き、地元の愛知県に戻りました。
長久手市で開業
2015年5月、27歳で長久手市であんどう治療院を開業しました。
「なぜ長久手なの?」とよく聞かれますが、偶然車で通った時に緑が多く雰囲気がいいなと思ったからです。
どこで開業しようかは、とても悩みましたが、長く続けるには長久手が一番だと直感しました。
長久手市や近隣にお住いの方に、健康で充実な生活を送って頂けるよう精一杯努めさせていただきます。
お電話ありがとうございます、
あんどう治療院でございます。